中国の発展と管理社会
ディストピアは悪いことなのだろうか?もちろん理想郷の対義語だ。悪いと言えば、、悪いのだろうか。。。
ディストピアの悪い例というか、未来としてよく描かれるのは管理社会だ。人々は監視され、行動を規制され、管理される。まるで家畜のように統制されたそれは果たして、幸福と呼んでいい物だろうか。。。ディストピアの一例として良くあげられる管理社会だが。管理社会の未来は必ずしも悪いのだろうか?
個人的な考えを書こう。
日本は統制された監視社会だと思う。都会ではあまりそうではないかもしれないが、田舎や地方では、隣人や近所の人によって地域は監視されている。
世のレールから外れたような人間が居れば、たちまち噂になる。
ただ、管理社会ではない。それを幸福と呼ぶのか、不幸と呼ぶのかは分からない。我々はただ見られ、知られ、そこに恥を感じ、自分の行動を抑制する。
・・・ある意味では、それも管理社会か。
何故ふとこんなことを思ったかというと。最近の中国では監視だけではなく、罰則や規制を含めて、いよいよデジタルな管理社会に入ってきたなと感じる。
今迄はコントロール(管理)ではなく、ただの抑圧だったように思える。最近のニュースを見ると生徒の集中力管理や交通管理など、成長と呼んでいいのかは難しいが発展が目覚ましい。個人情報や人道的にどうなのかという事はもちろん考える余地が大きいが、技術として我々は追いついていかなければならない。